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GONTARO BLOG

映画に憧れて購入したアメリカンバイク「マグナ250」の思い出話

2021年6月28日

高校生の頃に見た「ハーレーダビッドソン&マルボロマン」という映画に憧れてアメリカンバイクを購入した話です。

映画はミッキーロークとドン・ジョンソンが共演していたアクションムービー。

主演の2人が乗っていたハーレーと出で立ちがものすごく格好良くて、見てすぐに「バイクが欲しい!」と強烈な印象を植え付けられました。

【ハーレー・ダビッドソン&マルボロマン】ミッキー・ロークがクールすぎる!

しばらくして大学生になって中型免許を取得し、当時出始めていたホンダのアメリカンバイク「V-twinマグナ250」をローンで購入しました。

本当は映画のようにハーレーダビッドソンを手に入れたかったのですが、大型免許を取らないといけないことと、お金が圧倒的になかったことで諦めざるを得ませんでした。

とはいっても、当時のニューモデルだったマグナも十分に格好良くて、映画のように上下の皮のつなぎを着て街中を疾走していたものです。

ということで前置きがずいぶん長くなりましたが、ここから私にバイクを買おうと思わせてくれたバイクや映画についての思いで話やマグナ250にまつわるあれこれを語っていきたいと思います。


ロードムービーでアメリカンバイクに憧れた!

バイク乗りの中でもアメリカンバイク乗りは「見た目」をかなり重視します。

私もその一人で、もともとバイクを買おうと思ったのは先ほども述べたように「ハーレーダビッドソン&マルボロマン」を見てハーレーと主演の2人に憧れたからです。

とにかく見た目が格好いいの一言。

とくにミッキーロークの出で立ちが異常なくらいに私の感性を刺激してくれて、見た瞬間に「この格好良さを自分も味わいたい!あの格好であの髪型であのサングラスでアメリカンバイクに乗って町中を疾走したい!」と強烈に心に誓ったのでした。

この映画のロークの格好良さとバイクのクールさは私だけがそう感じたのではなくて、私の周りにいた友人同様でした。

中学を卒業して定時制高校に通いながら、10代ですでに働いていた友人は中型免許をすぐに取得し、ヤマハのビラーゴ250を購入して映画のようなチョッパー仕様にバリバリに改造していました。

またその見た目が異常に格好良くて、そのバイクに影響されて「俺もこんなバイクに絶対に乗ろう!」と固く心に誓ったものです。

彼と遊びに行くときによくバイクの後ろに載せてもらいましたが、とにかくよく目立ったので、周りからの視線を心地よく感じたものでした。

そんな「映画」「友人のバイク」に加えて最後の打撃になったのは、近所に置いてあったアメリカンバイクでした。

当時私は高校生で学校の帰りに毎日通っていた通行路の途中でアパートがあり、その駐輪場に置いてあったバイクにいつも見入っていました。

そのバイクはまさにアメリカンチョッパーでしたが、ハンドルが牛の角のようにカーブしたバリバリのチョッパータイプではなくて、もっとスムーズで丸みを帯びたクラシカルなスタイルのアメリカン仕様だったのです。

友人のバイクはどちらかといえば「尖って」いて、「ハーレーダビッドソン~」で主演のミッキーロークが乗っていたタイプというよりも、むしろ70年代のロードムービー「イージーライダー」でピーターフォンダらが乗っているスタイルに近い物でした。

私が欲しいと思っていたのは、ミッキーロークの乗っていたスムーズでドラッグレース仕様のアメリカンタイプだったので、その通学途中のアパートの駐輪場で停めてあったアメリカンがもっともそのイメージに近かったのです。

毎日通りながら「ええなあ」と眺めていて覚えたのが、そのバイクが「マグナ」という名前だったということ。車体のボディに銘打たれたエンブレムが数年後に私の愛車になろうとは、そのときはまさか思いもよりませんでした。


冬休みに教習所に通って中型二輪免許を取得!

それから数年後。

大学生になっていた私は、バイトで稼いで貯めた金をいよいよバイク乗りになるために使うことにしました。

その前年にそれまで付き合っていた彼女と別れた寂しさを紛らわすためと、長年の憧れを実現するための両方の思いが重なっていた流れでした。

通う予定の教習所が当時暮らしていた大学近くの下宿から遠かったこともあり、友人の家に泊めてもらいながら、およそ2週間の教習所通いが始まりました。

二輪の引き起こしから始まって、S字走行や急停止、細い道を走行する訓練、坂道発進などの教習を受けて、いくつかの単位を落としながらもなんとか仮免まで達成。

教習所内で知り合った同世代の教習生らとバイクについて語り合いながら、その後の1週間をなんとか乗り切って教習課程を卒業することができました。

それから地元の免許センターで筆記試験を受けて一発合格。

免許を無事取得することに成功しました。

ようやく長年の夢だった「バイク乗り」への一歩を踏み出したのです。

ローンで購入したホンダのVツインマグナ250!

免許を取得した後はいよいよバイク選びです。

当時はまだどのバイクにするのかを具体的に決めておらず、ただ漠然としたイメージだけがありました。

それはもちろん映画「ハーレーダビッドソン&マルボロマン」でミッキーロークが乗っていたハーレータイプのバイクです。

ただ本式のハーレーは高かったですし、大型免許が必要だったので、その時点では別のアメリカンバイクを探さざるを得ません。

当時は1994年頃で、ちょうどアメリカンバイクが全盛時。

街中でもよくアメリカンを乗っているバイカーを目にしていました。

そのときに一番人気だったのがホンダのスティード400です。

これは本当によく街中で見かけました。

スタイルもチョッパー風でしたし、それでいてハーレーのドラッグ仕様にも近い風貌があって、私もそれにしようかと迷ったものです。

ただ他の皆と一緒のバイクは嫌だという思いもあったので、それ以外のヤマハのビラーゴ、カワサキのエリミネーター、スズキのイントルーダーなども候補に挙げていました。

そんな中でちょうどニューモデルで発売し始めていたホンダの「Vツインマグナ」を知ったのです。

「マグナ!あの近所のアパートでよく見かけたバイクじゃないか!」

すぐにそう思いました。

ただバイク屋のパンフで見たそれは、高校時代に見たマグナとは少々違っています。

ニューモデルのマグナは250ccで少し小ぶりだったこと、車体はフラットでドラッグ仕様であること。

かつて見て憧れていたマグナは750ccで車高も高く、チョッパー形式で車体は反り気味だったのです。

格好良さから言えば断然、750タイプの大型マグナでしたが、当時の私が持っていた二輪免許が400ccまでしか乗れないタイプだったので、それ以上の大型バイクはあきらめざるを得ませんでした。

「このマグナも映画みたいに車高が低めだし、何よりボディのラインが流線型で格好いいな」

と思い、思案の末にVツインマグナ250を購入することに決めたのでした。

20歳の1月のことでした。

最初にバイクに憧れてから3年越しの夢の実現です。

バイク乗り生活のスタート!

それから毎日のようにマグナに乗ってバイカー生活を謳歌することになりました。

最初にバイク屋で納品してもらった日は、大学の先輩でバイク乗りだった人の後ろについて学校の駐輪場まで一緒に走ったことをよく覚えています。

それからもバイトはもちろん、長期休暇には実家だった大阪まで(大学は別の近畿内の県でした)数十キロを走って帰ったものですし、友人たちとツーリングを楽しんだり、彼女を乗せてデートしたりもよくしました。

大学やバイト先にはバイク乗りが何人もいて、中でも先輩(ちょっと不良っぽかった)が乗っていたアメリカンバイクが「ビラーゴ400cc」の改造したタイプで、それがまた異常に格好良く、高校時代に友人が乗っていたこともあって「ビラーゴも捨てたもんじゃないな」と感心した覚えがあります。

もちろんファッションもばっちりでした。

バイク乗りに憧れたきっかけが映画「ハーレーダビッドソン&マルボロマン」でミッキーロークのスタイルだったので、彼が着ていたレーサー仕様のレザーのつなぎやブーツ似たものを探し回って、それに近いものを身につけていました。

バイクの後輪のサイドにレザーのサイドバッグをかけたり(西部劇の馬にかける鞄のようなもの)、後部座席の後ろにチョッパー仕様のストッパーを設置したりと、バイクのデコレーションも気を使っていたものです。

さらに映画の最後でロークがヒッチハイクしていた美女を乗せて砂漠地帯を走り去っていくシーンを「いつか絶対に再現したい!」と強く思っていたので、当時付き合っていた彼女はもちろん、コンパで知りあった女の子や女友達を後ろに乗せて走るときに「しっかり掴まってな」と言って「ギュッ」と腰に手をまわしてもらう瞬間を楽しんだりしていました。

「おお!ロークや!」と一人で勝手に映画気分に酔いしれていたことを、数十年後の今になってようやく告白させてもらいます(笑)

バイクにまつわる失敗&トラブル話

そんな楽しいバイク生活の中でもいくつかのトラブルがありました。

・ナンパに失敗した話

・転倒事故

・盗難

の3つです。

どれも私がまだ大学生の頃の話になります。

一つの目のナンパは文字通り「女の子に声をかけてバイクに乗ってもらうおとして失敗した話」です。

ナンパと言っても見ず知らずの女の子ではなくて、バイト先や学校で知りあった子たちでした。

あの時の自分は「アメリカンに乗った俺って格好いいだろう?」と思い切り勘違いしていた「痛い」時期だったので、少し話して親しくなると「乗ってかない?」と声をかけまくっていたのです(恥ずかしい)

当然なんの脈絡もない状態(最寄り駅が近い・帰りを急いでいる・とくにバイクに興味がない)でそんな誘いをしたのだから、ものの見事に断られ続けていました。

たま~に「いいよ」と言ってくれる心優しい女子もいましたが、ほとんどは「アホか」という目で見られましたね(苦笑)

今思えばめちゃくちゃ恥ずかしい思い出です(汗)

次は転倒事故です。

2つあります。

一つ目が有料道路に入っていき、進入方向を間違えて向こうから車が迫ってきたときにハンドルを切り損ねて転んでしまったことでした。

高速道路ではなかったこと、スピードが出ていなかったので軽い自損で済んだことが幸いでしたね(車には当たらなかったので)

県外の友人の家に遊びに行った帰りで冬場で夜も遅かったので、指示板の文字がよく見えずに反対方向から走行していったことが原因だと思います。

もう一つが信号停止の際に前の車が急停車したのに気づかず、直前に慌ててハンドルを切って転倒したことです。

これもギリギリのところで車にぶつからずに済んだので事故にはなりませんでしたが、人通りが多い交差点の転倒だったのでかなり恥ずかしかったです。こけた瞬間に「キャーツ」と女性の叫び声が聞こえたので「あ、俺、事故ったんだ」と気づいたくらいでしたから。

近くにいたガードマンのおじさんがバイクから飛び落ちたサイドバッグを持ってきてくれたり、前の車の運転手さんが「大丈夫?」と降りて声をかけてくれたりと、なかなかに迷惑な一人転倒事故でした。

と言うか、内心では「あんたが急に停まるからだろう!」と運転手さんに心の中で毒づいていましたが笑

まあどちらも大したことのない自損事故だったので、バイクの修理に多少のお金が飛んで行ったくらいで済んだのは幸いでしたね。

最後の盗難はガチの話です。

私がバイクを駐輪していた駐車場で泥棒が入り、私のバイクを盗んでいったという体験です。

たまたま私がいつも挨拶をしていた近所のバイク乗りのおじさんがその瞬間にいて「あれ?いつもの彼と違うぞ?」と、私のバイクを持ち出していく泥棒を見て不審に思い、警察に連絡してくれてバイク泥棒から取り返すことができたのです。

この出来事は私が留守の間に起きていて、帰宅した時はすでにバイクは駐車場にあったのですが、その間に警察の方が泥棒と思わしき不審者を追跡して取り返してくれていたのでした。

泥棒は手でバイクを押してトラックに乗せようとしていたらしいですが、警察官の方が声をかけると慌ててバイクを捨てて逃げていったそうです。

家の近所で起きた出来事だったので、警察官の方が家に連絡して自宅まで運んできてくれました。

バイト先から帰宅後に同居していた親から一連の話を聞いて「なに!」となって慌ててバイクを観に行きましたが、幸いなにも傷ついた箇所はなく「ホッ」とした覚えがあります。

もとはといえば、いつも話をしていたおじさんの通報のおかげということだったので「ご近所づきあいは大切だなあ」としみじみ実感した出来事でした。

もちろん後でその方にはお礼をさせてもらいましたよ(菓子折りか何かを持って行ったと思います)

バイクを売ることに決めた日

そんなアメリカンバイク生活も9年後に終焉を迎えます。

社会人になってもバイクは乗り続けていましたが、仕事が忙しくなっていたことや、一緒に乗って遊びに行く友人も少なくなってたこともあり、どちらかといえば「足」のような感じで使っていました。

実家に帰るときや、少し遠くの店に買い物を行くとき、職場に行くときの日常の「足」代わりになっていたのです。

加えて「雨の日や風が強い日に乗るのがしんどい」という、バイク乗りにはふさわしからぬマインドを持つようになっていたのも、疎遠になりつつあった原因の一つでした。

そして最もバイクから遠ざかり始めた一番の理由が「車に乗り始めていた」ことです。

はっきりいってバイクはしんどいです。

雨や風をまともに受けますし、冬場の寒さは身に染みます。

守るものが何もないので転倒事故でも起こしたらえらいことになります。

そう思うと車の方が断然に楽です。

雨も風も気にしないで楽に移動できますし、音楽を聴いたり何かを食べながら気楽に運転できることが、それまでどちらかというと「運転」にだけ集中せざるを得ないバイク生活とは大きく違って快適だったことは否めません。

さらにとどめを刺したのが「海外に一人旅に出る」ことを決めた時。

ヨーロッパに一人旅をしようと20代の後半に仕事を辞めて決断したのですが、そのときに「もうバイクはいいかな」と思い、売ることを決めたのです。

自分の中ではヨーロッパを巡って気が向けば向こうで仕事を見つけて定住しようと考えていたので(夢想に終わりましたが)、バイクに全く未練がありませんでした。

引き取り業者に連絡して、10年近く乗り続けていた愛車マグナを持って行ってもらったのが2003年のことです。

バイクを売るならバイク王

さすがに最後の日は少し涙が出てきましたが、それから自分を待つだろう一人旅への期待と喜びが勝っていたので、その涙は未練というよりも「爽やかな別れ」の証になっていました。

こうしてマグナは引き取られ、私の青春時代を彩ってくれた思い出とともに遠い異国の地へと旅立って行ったのです(たぶん部品ごとに分けられて東南アジアの市場に売られていくと勝手に想像してました)

いつかまた乗りたいアメリカンバイク

それからさらに20年近くが経ち、私もすっかりそのへんのおっさんと化してしまった現在。

数年前まで乗っていた車も売り払って、今は自分の足と電車生活というヘルシーな日々を送っています。

アメリカンバイク市場も大きく変化していて、私が乗っていたマグナは2007年には排ガス規制をもって生産は終了となっていて、全盛を誇ったスティードやビラーゴ、その後継モデルのドラッグスターやシャドウもほぼ同時期に生産は終了されていました。

バイクを売ってからはバイク市場には関心がなかったので、この記事を書くために色々と調べてみて、けっこうなモデルが生産終了になっていることに驚きつつ、時々私の住む街中で見かけるドラッグスターがあって、きっと昔買ったモデルを大事に乗っているんだろうなあと、バイク乗りの愛情の深さに目を細めたりしています。

一方でアメリカンバイクの源流であるハーレーダビッドソンは変わらず販売を続けており、私が憧れてやまなかった映画のモデルはまさにこのメーカーの中にあります。

最近、近所にバイクのカスタムショップができていて、時々ウォーキングでそのそばを通るのですが、改造モデルのハーレーのチョッパーが何台も並べられているのを見て「やっぱりアメリカンはええなあ」としみじみ思うようになっています。

少し前に友人と「ハーレー乗るなら何がいい」という話になって、私は機能的でスマートな「スポーツスター」を推して、友人はゆったりツーリングができる「ロードキング」がいいという結論になりました。

スポーツスター

ロードキング

大型二輪免許をもっていないので、ハーレーを乗ることになるのなら免許を取得しにいかないといけませんが(これがたぶん大変だ)、もしそれが叶うとするならば、ぜひ20数年ぶりに再び「ハーレーダビッドソン&マルボロマン」の再現をしてみたいと思っています。

幸いトレーニングは趣味でずっと続けていて、体のスマートさならばまだまだ現役だと自分では思っていますので(下腹は気になりますが)、ぜひタンデムシートに美女を乗せて走り抜けてみたいなあと夢想しています。

そんな過去のバイクの思い出話とこれからの夢の話でした。

次回はバイクにちなんだ洋楽や映画についても取り上げていきたいと思っています。

そのときはまたよろしゅう^^

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