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【80年代洋楽ポップス】男性ボーカリストおすすめランキング(80's pops best 10 male vocalist)

投稿日:2017年10月9日 更新日:

1980年代に活躍した男性シンガーのトップ10ランキングを紹介します。

洋楽ランキング・男性ポップスシンガー編

1位:マイケル・ジャクソン

80年代ポップスの女王がマドンナだとすれば、同じく男性ポップスの王様はこの人になるのでは?

1969年にジャクソン5でデビューし、ソロになってリリースした「スリラー(82年)から歴史が始まります。

このアルバムから「ビリージーン」「今夜はビートイット」「スリラー」のヒットを飛ばし、一躍世界の人に。

特に「スリラー」はMTV世代なら誰でも知っている、あの「ゾンビ」ダンスの走りとなった素晴らしいPVになってます。(USJでも引き継がれているかと)

続く「バッド」(87年)も多くのシングルをヒットチャートの上位に送り込む快挙。

私がマイケルをリアルタイムで知ったのは「スリラー」の頃ですが、どちらかといえばビデオの面白さに魅かれてのことで、曲そのものの良さに親しみ始めたのは、この「バッド」時代だと思いますね。

その人間離れしたダンスと輝くばかりの才能を全身から迸らせたポップス界の永遠のスターは、残念ながら2009年にこの世を去ってしまいます。

まさに伝説と化した唯一無二のポップスター、マイケル・ジャクソン。

80年代そのものを体現した永遠のカリスマに敬意を表したいと思います。

 

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2位:デビッド・ボウイ

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ワーナーミュージックジャパン

この人をポップスのジャンルに分けるのはちょっと無理があるかなと思いましたが(グラムロックの先駆者でもあります)、アーティストとしての幅の広さからか、曲によってはポップスの要素も含まれたものも多く感じるので、あえて今回のランキングに選びました。

むしろジャンルを越えたアーティスト(芸術家)という印象が強いでしょうか。

デビッド・ボウイといえば、60年代~70年代にかけての時期が、そのキャリアの第一次黄金期だと思うのですが、もちろん80年代もその勢いは止まりません。

「レッツ・ダンス」「ブルージーン」など、むしろ自分の中ではちょっと激しめのポップスというイメージがあって、特にそのクールな風貌には何か神々しいものを感じていました。

2000年代に入って病気などもあり、創作意欲を失ったとの報道もありましたが、2013年に新作アルバム「ホエア・アー・ウィー・ナウ?」」をリリース、2016年には「ブラックスター」を発表。しかしその年にボウイは癌でこの世を去ってしまいます。

常に実験的で様々なスタイルの音楽を追求してきたボウイですが、私の中では80年代のポップス路線がやはり一番印象に強いですね。

至高のアーティストに敬意を表したいと思います。

 

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3位:ジョージ・マイケル

元ワム!のボーカルでソロデビュー後は、セクシーなイメージで売り出して成功したポップスシンガー。

後半のキャリアはどちらかといえば、ソウルというか、R&B的なスタイルに傾倒していた印象がありますが、基本的には王道のポップスバラードなどを得意とする歌手だと思います。

この人が有名になったのは、ワム時代の「ラスト・クリスマス」(84年)なんじゃないでしょうか?この曲は今でもクリスマス時期のテレビ番組などでよく流されていますね。

87年にはソロデビューアルバム「フェイス」をリリース。このアルバムがヒットし、ビルボードチャートの常連になりました。

私も中学生時代にこの人のシングル「フェイス」「I want to your sex」「ファーザーフィギュア」「モンキー」をよく口ずさんでいましたっけ。

個人的には、この少し前にアレサ・フランクリンとデュエットした「I Knew You Were Waiting」(87年)が好きなんですがね。

2000年に入って活動は鈍りますが、2014年に「シンフォニカ」をリリース、これが最後のアルバムとなります。

2016年に自宅で死去。

53歳の若さでしたが、80年代のポップスシンガーとして青春時代の記憶に強烈な足跡を残してくれました。

ご冥福をお祈りします。

 

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4位:リチャード・マ―クス

87年にファーストアルバム「リチャード・マークス」でデビュー。

シングル「Don't mean nothing」がチャートで3位にランクインし、注目を浴びました。

MTVでこの人のPVを見たのですが、それまでによく見ていたデュラン・デュランやマドンナ、マイケル・ジャクソンなどの作りこまれた映画のような内容と違って、ハリウッドに訪れた女優の卵に「気をつけなよ。ハリウッドは生き馬の目を抜くタフな場所だぜ」と芸能界のダークな面を強調して淡々と歌い上げるスタイルが新鮮で、一発で好きになりしたね。曲もよかったです。

その後もヒットシングルを連発して、セカンドアルバム「リピート・オフェンダー」(89年)からも「サティスファイド」「ライトヒアウェイティング」のヒット曲を飛ばして順調にスターダムを駆け上ります。

その後の90年代はあまりパッとしませんでしたが、2000年代以降は徐々に勢いを取り戻し始め、2014年にリリースした「Beautiful Goodbye」は全米チャート39位にランクイン。

私生活では長年連れ添ったシンシア・ローズと離婚し、2015年に年下の女性と再婚する元気ぶりを見せています。

 

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5位:リック・アストリー

先のリチャード・マークスと順位を入れ替えるか否かを相当悩んだシンガーです。

80年代後半に「ネバーゴナ・ギブ・ユー・アップ」(87年)でデビューしたアストリーは、その見た目のおぼこさとは裏腹のソウルフルで力強い声、そしてディスコブーム真っ只中のダンスブームに乗った曲がヒットして、一躍売れっ子になります。

このときのシングル「Never Gonna Give You Up」「Together Forever」は曲こそメジャー路線でしたが、肝心のアストリーのルックスが60年代のレトロなダサさで、これが原因で(たぶん)後年に某国際的ネット集団に対テロ活動のネット作戦で使用される悲哀を味わいます。

当時あらゆる売れ線ミュージシャンをプロデュースしていたストックエイケンウォーターマンが手掛けていたのもあって、ファースト、セカンドとヒットを飛ばし続けますが、90年代以降は低迷。

2000年代に入って復活し、2016年には最新アルバム「50」でその変わらぬ渋い声を聴かせてくれています。

 

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6位:リマール

イギリスのポップ・ロックバンド「カジャ・グーグー」の元ボーカリスト。

バンド脱退後の84年にソロとして「ネバーエンディング・ストーリーのテーマ」を歌い、大ヒット。瞬く間に世界18か国で1位を獲得します。

私がこの曲を聞いたのは、小学校高学年の時で、当時よく見ていた日本の洋楽番組で初めて知りましたね。

リマール本人よりも、ビデオで流れる映画のシーンのほうが気になって仕方がなかった覚えがあります。

リマール脱退後もバンドは活動を続けますが、紆余曲折を経て95年に解散。

メンバーはそれぞれ音楽業界を脱退したり、そのまま活動を続けたりしていましたが、リマールは第一線で活動を維持、数少ないながらもコンスタンスに仕事をこなして現在に至るようです。

https://youtu.be/DKSpLo_MWjo

 

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7位:スティーヴィ―・ワンダー

1950年に生まれの天才シンガーソングライター。

デビューは若く、すでに11歳のころにレコードレーベルと契約していたというから驚きです。

デビューして数年後に行われたツアーの模様を録音したライブアルバムが全米一位を獲得するなど、若くしてすでに才能が開花していました。

その後も順調にキャリアを積み重ねていき、1976年にリリースしたアルバム「キーオブライフ」が全米一位、グラミー最優秀賞、そして1984年にサントラとして作られた「心の愛」がアカデミー歌曲賞、ゴールデングローブ賞を獲得(このビデオで初めてこの人を知りました)、翌年にはUSAフォーアメリカの一員として「ウィーアーザワールド」のリードボーカルを担当。

その数十年後には、日本の缶コーヒーのCMで「ファイア~」と熱唱するなど、実に幅広い活躍を見せる天才ミュージシャンなのです。

 

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8位:マイケル・フォーチュナティ

イタリア生まれのポップミュージシャン。1986年にリリースされたデビュー曲「ギブミーアップ」が欧州でヒット、日本でも続けてヒットし、当時流行っていたユーロビートの代表的な曲になりました。

87年にヒットしたバナナラマの「アイ・ハード・ア・ルーマー」のもとになったといわれる曲でもあり、そのメロディーとリズムは当時のマハラジャのお立ち台を占拠していた女性たちを狂わせたと言っても過言ではないと思います。

私がこの歌を知ったのは、体感的には90年代だったように思うのですが、こうやって改めて調べてみると80年代後半だったということで、意外に昔の歌だったんだなと驚いてしまいました。

90年代に通っていた大学で先輩がユーロビートに狂っていたイメージが強く刻まれているせいなのか?(周りでひそかに”いまどきユーロビートかよ”と陰口を叩かれていたくらいに、すでに当時では時代遅れになってました)

いま改めて聞いても、いい感じに聞こえるのは、時代が繰り返してるのか、それとも自分の感性がレトロになってしまっているのか・・・(たぶん後者です)

 

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9位:ロビー・ネヴィル

86年のデビューアルバム「セ・ラ・ヴィ」からの同名シングルがヒットし(全米2位)、一躍シーンに躍り出たミュージシャン。

当時の洋楽番組での紹介では、デビュー前からすでに作詞作曲などを多くのミュージシャンに提供していた業界人的キャリアの持ち主だったようで、音楽業界での立ち位置的には同世代のリチャード・マークスと似通っている面が多いですね(マークスもデビュー前から業界で活動していた)

この人を知ったのは、先ほどのデビューシングルのPVを見てからで、その舌にからみつくようなまったりとした歌とビデオクリップに出てくるタヒチ風の女性の雰囲気が合わさって、全体的におフランスの風味が濃厚に味付けされたエキゾチックな楽曲になっています。(よく分からん解説になってますが笑)

その後も2曲ほど、このアルバムからヒットを出しますが、それから気が付くといつの間にかチャートで見ることはなくなりました。

その後の詳しい経緯はレビューを見ていただくと分かると思いますが、いずれにせよ、今見ても聞いても色あせることのないこの歌は、やはりひとかどの才能が作り出したアートというのは、時代を越えても生き続けるのだなと改めて自分勝手に納得してる次第でございます。

 

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10位:ハワード・ジョーンズ

83年のシングル「ニューソング」「what is love」がヒットし、一躍シーンに躍り出たエレクトリック系シンセポップ・ミュージシャン。

「what is love」のビデオクリップを当時見始めていた洋楽番組で見たのが初めてだったが、この曲がヒットしたのが83年ということは、洋楽番組を見始めたのが84年だったので、一年近く人気を保っていたということなのでしょう。

この歌のビデオクリップを見るたびに、まるでチェッカーズのような帽子と衣装で親しみやすくシリアスなメロディーを切々と歌い上げるジョーンズの金髪で端正な顔立ちを見て「なんか恰好いいな~」と憧れの目で見ていた小学生当時の自分を懐かしく感じます。

曲的にはデュラン・デュランの初期の頃と似通っていますが、シーンの変化とともにそのスタイルも少しずつ変化を遂げ、89年に「Everlasting Love」をヒットチャートで耳にしたときは、80年代後半らしく明るいポップ調のスタイルだという印象を受けました。

現在もキャリアを続けているということですが、時代と共に進み続ける音楽スタイルとは対照的に頭頂部はかなり後退しているようなので、ファンクラブの人は日本が世界に誇る最強の毛生え薬「スカルプ」を早急にプレゼントして差し上げればと切に願います。

 

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まとめ

80年代のビルボードチャートで活躍したポップ系男性ミュージシャンを紹介しました。

なかには「おいおい、ポップの範疇にいれるなよ」というアーティストも混じっているかもしれませんが、そういうミュージシャンはジャンルを越えた才能の持ち主ということで、いずれ書く予定のロック系ボーカリストのランキングにも出てくると思います。

そのときにぜひまたお立ち寄りあれ。

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