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良質なポップロックソング!スターシップ「シスコはロックシティ」

2009年12月28日

1985年10月に発売された「ニー・ディープ・イン・ザ・フープラ」からの一曲。

邦題が少しダサいような気がしますが(笑)

何年か後にFMラジオで彼らの特集で「セーラ」(邦名を「サラ」ともいうようです)を聞き、これもとても良い曲だと思いました。

僕がPOPベティハウスで彼らのPVを見たのは、ちょうど映画「マネキン」のサントラあたり。

コアなファンからすれば、マーケティング主導の売れ線路線時代のようですが、MTV世代の私からすれば、彼らの歌は80年代のウキウキとした気分を思い出させてくれるので、当時からも今でも大好きです。

公式サイトはバンドメンバーの数だけあるようで、それほど熱烈なファンでもない私が、これを全てリンクするのはかなりの至難の業です(涙)。

一応、私が触れた当時のスターシップの状況を、ウィキ記述から以下に抜粋させていただきますね。

MTV時代に生き残るためのスタイルを受け入れようと考えたスリック/トーマスがバンドの方向性を握るようになる。

バンドの変容は進み、あるライブでは女性バック・コーラスを配置する案まで出て、これにカントナーは激怒。

また、最も勢いに乗っていた後進バンドジャーニーの前座を務めるという提案もあったが、かつて一緒にツアーをした時に比べ極度に安い報酬を提案されたために拒否、という話も残っている。

このような経緯から、もはや主導権が取れなくなったカントナーは、もう1枚アルバムを制作した後に解散するという意思を表明するが、他メンバーは存続を要求。

1984年、結局カントナーが単独で脱退し、残ったメンバー達にバンド名「ジェファーソン・スターシップ」を使わないように訴訟を起こす。(公判中、一時スターシップ・ジェファーソンと名乗って公演を続けたといい、事態の混乱を物語っている)

1985年の判決の結果、両者とも使えないことになり、折衷案として「ジェファーソン」をはずして「スターシップ」となり、新たにRCAと4枚のアルバム制作の契約を結んで再出発した。

バンドは当時先端のエレクトロ・ポップを全面的に取り入れ、マーティン・ペイジによるシングル「シスコはロックシティ(We Built This City)」(これは邦題だけで実際は特定の街を歌ったものではない。)は、エアプレイン時代から通算してもシングル初となる全米1位(1985年11月16日付 - 23日付)を獲得。

アルバム『Knee Deep in the Hoopla』も成功を収め、エアプレイン以来果たせなかった日本公演も実現している。

*カントナー⇒ポール・カントナー。バンド創設以来のオリジナルメンバー。
*スリック⇒グレイス・スリック。途中参加の女性ボーカリスト。シスコやロックシティやマネキンのころのツインボーカル。
*トーマス⇒ミッキー・トーマス。途中参加の南部出身ボーカリスト。スリックと共にMTV世代を生き抜く。

ジェファーソン・エアプレインより

その後、バンド内の不仲や音楽性の違いにより、1990年に解散。

トーマスとボーカルコンビを組んでいたグレイスは年齢を理由に脱退。(1939生まれだから、90年当時ですでにアラフィフだったようですね)。

トーマスはソロ活動を現在も続けているようです。

私の中ではトーマスがスターシップそのものといった感じですが、今は違うんですよね。

オリジナルのジェファーソン・スターシップは、カントナーを中心として、こちらも現役活動中だということだそう。(2014年現在「Jefferson Starship」)

また改めて聞いてみましょうかね!


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